第3回 「影響力」

 その男の発言には多くの人を動かす不思議な力が宿っていた。
 平日昼間の2時間、男は首都テレビが制作する健康バラエティー番組の司会をしている。男は芸能界に入って30年間、風邪ひとつひいたことがなく、50歳を超える今現在も健康の見本のような体が自慢だった。制作サイドのプロデューサーが、俳優業一辺倒だった彼をこの生放送の司会者に抜擢した理由は、彼の口から発せられる情報に説得力を与えるためだった。
 このプロデューサーの狙いは見事的中し、番組が始まってみると、中高年の主婦を中心とした視聴者層から圧倒的な支持を得た。司会を務めるその男の甘いマスクと甘い声も人気に拍車をかけていた。
 ある日番組で「納豆が健康に与える影響」について取り上げたところ、番組終了後数時間で、東京中のスーパーやコンビニから納豆が消えた。放送を観た視聴者が、我先にと買い占めたからである。また別の日には、ある通販会社が販売しているぶら下がり健康器を取り上げたところ、アクセスが集中し通販会社の受注センターの回線がパンクしてしまい、いつまでたっても電話がつながらず、そのことに対する苦情を受け付けるお客様センターの回線まで、つながるまで1時間以上を待たなければならなかった。
 このように、その司会者の発言は国民を大きく動かす。彼に対して政界への進出を願う黄色い声援が後を絶たないのも無理のないことだった。
 ある日のことである。
 「意外と知られていない健康の秘訣」という特集が番組内で取り上げられた。
 その特集では普段無意識のうちに行っているいくつかのしぐさを意識的に行うことによって、健康効果を高めることができるというものだった。
 そのしぐさのひとつに「貧乏ゆすり」があった。
 ストレスが溜まっていたり、いらいらしたときに無意識のうちに行ってしまうこのしぐさが、実は、足のむくみの解消や集中力の向上、ストレスの発散に役立つことが研究の結果わかったのである。
 番組内で司会者は声を高らかにして、カメラに向かって訴えかけた。
「テレビの前のみなさんよく聞いてください。今まであまり褒められた行為ではないとされていた貧乏ゆすりですが、最近の研究の結果、健康に役立つことが判明しました。これからは誰に気兼ねすることなく、貧乏ゆすりを楽しみましょう」

 その日の番組終了後に、首都圏を襲った大地震の原因が自分にあることを、彼は知らない。

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