第6回 「牛は知っていた(解決編)」

「あくまでもそのふたりのうちのどちらかが犯人だと仮定しての話だからね。時間がないから、さっさと喋るよ。超簡単だから」
 父さんが聞いたらなんて言うだろう。僕は居住まいを正した。「どうぞ」
「ポイントは勝手口のつっかい棒。これで犯人が特定できるわ。犯人は被害者を殺害したあと、家を密室にしようとした。理由は警察が考えるとおりで間違いないと思う。窓をすべて内側からロックした後、勝手口のドアの鍵も閉めようとした。ところがドアノブのボタンを押しても閉まらなかった。壊れてしまっていたのね。でも空き巣が多発していることを知っていた犯人はなんとしても勝手口のドアをロックしたかった。そこでおそらくその辺に立てかけてあった傘を二本つっかい棒の代わりにして置いておくことにした。これで外からは誰も入ってくることができない。扉が完全に閉まっていることを確認して犯人はほっと胸をなでおろし、誰にも目撃されないように玄関からそっと抜け出した。合鍵を使って玄関の鍵も閉めてしまうと、その場から立ち去った。ここで思い出してほしいのは、煙草屋のお婆さんの話。梅子お婆さんは、犯行時刻、店先から勝手口をずっと見張っていた。その際、外から誰も勝手口に近づかなかったし、勝手口を使って中から誰も出てくる事はなかったといった。それどころか、扉は一ミリだって開いていないと断言した。これがポイント一。そして勝手口の扉は隠し丁番の内開きの扉だった。そのせいで、扉が閉まっているときは、丁番が隠れてしまっていて外側からも内側からもそれを見ることはできない。これがポイント二。ここで滝沢が犯人だったとしましょう。彼は犯行後勝手口につっかい棒をすることになるわけだけど、つっかい棒というのはあくまでも内開きの扉に対してのみ有効なの。ここまではいいわね」
 僕は黙って頷く。
「病院で大和から地図を渡されている以上、そして犯行時に道に迷ったと証言している以上、滝沢が大和宅を訪れたことは、今までなかったはず。その滝沢が、勝手口の扉を室内側から見ただけで、内開きだと判断することは不可能なはずだわ。この場合の自然な行動としては、実際に扉を開け閉めしてみるってこと。
 だけど、犯人がそんなことをしなかったのは、梅子お婆さんの証言から明らかよ。なにしろ彼女が監視している間、勝手口の扉は開かなかったんですもの。じゃあそれ以外に、扉の開閉方向を判断する材料はないのかということだけれど、あとひとつあるわ。それは丁番の位置を確認すること。扉が閉まっている状態で蝶番が扉の室内側に取り付けてあれば、内開きの扉だと瞬時にわかるはずだけど、今回のケースはそういうわけにもいかない。扉の構造上、室内側から、ついでにいうと屋外側からも丁番の存在を確認することはできなかった。犯人の立場で考えてみた場合、室内側から丁番の存在を確認できない以上、その扉が外開きの扉である可能性を否定できないはず。だったらなおのこと、扉を開けて確かめてみようとするのが普通じゃない? でもそれをしなかったというのだから、犯人は最初から勝手口の扉が内開きだと知っていた人物ということになるわ。滝沢はこの条件に当てはまらない。よって犯人は縄田よ。はい、次。 ダイイング・メッセージね。こればっかりは被害者に直接聞いてみないことには正確なところはわからないけど、なんとか想像してみるね。大和は死ぬ間際に駅弁の包装紙を抱くようにして死んでいた。仙台名物、牛たん埋め尽くし弁当。被害者が示したかったのは、そのものずばり『牛たん』よ。牛たんとはつまり、牛の舌。いい? うしのした。この、うしのしたをローマ字にすると「USINOSITA」それを並び替えてみると、こうなるの」
 よし子ちゃんはランドセルの中から自由帳を取り出すと、まっさらなページにこう書いた。
「USINOSITA」→「SINTAISOU」
「し、ん、た、い、そ、……、新体操!」
「そう。まったく恐るべしだわ。比類のない神々しいような瞬間ってば!」
「でもそれが縄田とどんな関係が?」
「縄田が担当する文芸誌の名前は?」
「えっとリボンクラブだけど……あ」
「そう。リボンとクラブ(棍棒)ね」

――了。

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